Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル 番外編

  “初 午”A
 


          




 年も明け、陽射しも日に日に濃くなっての 冬去りどき。陽あたりのいい斜面なぞでは、気の早い梅や菜の花などが愛らしき春の色合いを見せてもおるが、とはいえ、朝晩の冷えは格別で、今少し“春本番”には間があるようで。
「…。」
 体を巡る血脈が気温の変動からの影響を受けやすく、特に低温気候に弱い仲間たちが冬の眠りから覚めるまでには、まだ しばしの日数がかかるという、閑とした頃合い。何年か前の例年だったら、無聊を託
かこつ身 持て余し、石垣なんぞで陽を浴びながら、昼間っからうつらうつらと舟を漕いでいたところだが。あの金髪痩躯の術師との妙な縁が出来てからこっちというもの、暇を持て余しての日向ぼっこだなんて悠長なこと、堪能していた覚えがない。
“…今時分に限った話じゃねぇがな。”
 誰へというものでもない苦笑を口の端に浮かべつつ、葉柱が立っているのは、湿ったかび臭い匂いの仄かに漂う、見通しの悪い、薄暗い空間であり。地下に穿たれた洞窟のように殺風景だが、これでも人の手で作られしもの。四隅と言わぬそこここに、砂や埃のうずたかく降り積もり、およそ人のいたような形跡など、匂いも気配も微塵も残ってはいないのだけれど。それでも此処はかつて土地神を祀っていたとされる古祠であり、そして。いつの頃からか、葉柱ら蜥蜴の一門が代々の塒として来た拠点でもある。
「…。」
 ザッと大まかに気配を浚い、誰ぞかからの伝言が届いていないか確かめて。まだ誰もお目覚めではないようだのと、安心と肩透かしの両方を拾い上げつつ、軽い念じ一つで、その姿を消して…表へと出る。打って変わって明るい戸外は、少々鄙びた郊外の里外れの木立の奥向きだ。柴を拾いに来る者さえないほど鬱蒼としている訳ではないながら、それでも…祠はその入口が既に崩れて厚い土砂の下だから。その存在、常人には到底見えず嗅げず。どんな年寄りであれ、此処にそんなものがあったことさえ覚えてはいなかろう代物で。霊感が僅かにあったとして、何かしら訴えかけるものを拾える程度だろうから、人ならぬ身の彼やその一党には騒がされることもなく、適当に畏敬が滲んではいるが新しき祈祷をそそがれることもなく…と、至って都合がいい場所でもあるのだが、

  「…何だよ。話があんなら出て来やがれ。」

 その自然体の立ち姿。猫背になんぞと兄からしょっちゅう背中をどやされて来もした、やや俯くように首を下げていた格好のそのまんま。振り向きもせず、警戒や威嚇の構えを取りもせずに、葉柱が低い声で呟いた。古祠の中から此処へと出て来たその途端、彼へスルリとまとわりついて来た気配があって。姿こそ見えないが、隠れてはいない。むしろ“早く気がつけよ”と挑発しているかのような、いかにもあからさまな気配が至近の茂みの向こうに立っており。喧嘩売るなら買ってやるぞ、ああ?と言わんばかりの、立派に喧嘩腰な気勢をまとった尖り声へ、

  「おうおう、相変わらずつれないねぇ。」

 悪びれない声が応じる。そちらさんもまた、低くて重みのある声音をしている男であり、かさと手前の梢を押しのけて出て来た姿は…葉柱が予想していた通りの相手。結構長いのだろうその髪を、房に分けて縄のように綯い、彼自身をまんま象徴させている蛇の邪妖様。阿含とかいう名のその人で。
「久方ぶりに会うってのによ。愛想の一つも振ってくれたっていいじゃねぇよ。」
 どうで知らない仲じゃないんだしと、それこそ愛想のいい言いようをする彼ではあったが、
「勝手なことを言ってんじゃねぇよ。」
 そもそもの関係からして…蜥蜴と蛇と言えば、似て非なる、近くて遠い間柄。変温動物、いわゆる爬虫類という括りで見りゃあ一緒の仲間うちだろうがと、そういやいつぞや、あの蛭魔からも言われたことがあったけれど。食物連鎖で言やあ捕食する側とされる側という境界線を引いて相容れぬ間柄だし、そんな前提を飛び越えて、自分や蛭魔に何かとちょっかいを出して来る、浅からぬ因縁もある相手。それでの警戒がどうあっても沸いてしまう葉柱であるらしく、
“ピリピリしちゃってまあ、可愛いねぇvv”
 こうまであからさまに威嚇的な態度を取ってしまうのは、雄の本能、強いものが上という感覚が擽られてしまうのか。だが、ということは、その相手を“気を抜いて接するのは危ない相手だ”と認めているに他ならず。そこんところが“可愛い”と、相手から気遣われていては世話はない。
「俺だとて、こんなところでお前さんを捕まえるだなんて遠回しなことをしたかったわけじゃあねぇ。」
 ひょいとその頑丈そうな肩をすくめて見せて、

  「何〜んか奇妙な意識が取り巻いてねぇ? あの術師の屋敷。」

 前置きも何もなくの すぱりと言い当てられて、
「………。」
 葉柱がまた、正直なことにも言葉を繕えぬままに押し黙るものだから。節の立った強そうな手を頭にやって、かしかしと掻きつつ阿含が呆れた。
“腹芸の出来ん奴だねぇ、相変わらず。”
 素朴純粋。悪く言って天然。そんなで良くもまあ、ずるがしこい人間の…それもああまで手ごわい奴の傍らに沿うておるわと、不器用を通り越していっそ自殺行為ではなかろうかとまで危ぶんで、呆れたのだけれど。それへ関しては…相手の側が良く出来たお人なので、まま心配は要らぬかと思い直して。
「冬眠明けの腹ごしらえを兼ねて挨拶しにって向かいかけたら、何とも異様な雰囲気じゃねぇか。」
「…こらこら、何で腹ごしらえする気だ、貴様。」
 さすがにあからさまな言いようだったのへと葉柱が牙を剥けば、
「そっちこそこらこらだ。奴っこさんを喰いにって意味じゃねっての。」
 判りやすい反応が律義に返って来たことへ、やっと阿含が素でくつくつと笑った。
「俺らくらいの格ともなれば、お前だってそうなように、こういう人型になるのもそのままでおるのも呼吸と一緒。」
 だったら何も、一丁前に咒を唱えることも可能で、厄介な人間どもから追われる危険を冒してまで、人を食う必要もあんめいよとしゃあしゃあと言い返し、
「地下に忘れられている金脈やら金蔵やら。ちょいちょいと掘っ繰り返して懐ろを温め、人の手で手間暇かけられた料理とやらを食いに行く方が、どこにも角を立てずのよっぽど安寧安易であろうがよ。」
 それでなくとも面倒ごとは嫌いでねと、白々しいお言いようを並べてから…ふと、その精悍な表情に静けさを取り戻すと、
「禍々しい気配なら、いっそどっちが上かを競いたくもなって、血が騒いだりもするもんだがの。あれはちーと違う。」
 妙に真摯な顔つきになって言う阿含であったのへ、売り言葉に買い言葉、ではないけれど、お門違いながらも勢いづいての反駁もどき、
「お前みたいな邪妖が近寄り難いってんなら、俺らには有り難い話だ。」
 ざまを見ろとばかり、そんな可愛げのない言いようをそっけなくも返した葉柱だったものの、
「あ、言ってくれるじゃんか。言っとくが、これでも俺は土地によっちゃあ護神として祀られてんのよ?」
 屈強な肢体を包むは、丈夫そうな材質の袷
あわせに帷子かたびらを無造作に合わせ、下肢はこれも厚手のしっかりした生地ながら、深色の袴だけというから、何かしらの武道の道着のような略服姿。さして飾らぬ、神威はらんだ厳格さの欠片もないいで立ちのご当人ではあるけれど。その生命力の強さからか、それとも、いかにも恐ろしく禍々しい姿・風体から、いっそ畏れ多いとした方が祟られぬと思うてか。蛇をご神体や“遣わしめ”とする神社は結構多いし、葉柱だとてそのくらいは知っていて。
「う…。」
 よほどのことに相性が悪いのか、どんなに即妙に言い返せても、結局 やはりこやつには歯が立たないとの再確認をしただけなようで。口の減らない相手は苦手だと、胸の裡
うちにて“負け戦”を自覚しかかっていたそこへ、
「それと。」
 言葉を継ごうとする阿含へ、何だなんだ、まだ追い打ちかと閉口しかかったところが、

  「神は神でも疫病神ってこともある。」

 自分が祀られる話を持ち出した彼は、だってのに…意外な言いようをした。
「確証もないからあれがそうだとまでは言わねぇがの、神なら何でも有り難いかってぇと、そんなこたぁねぇんだしよ。それに、神様のご意向とやらを“お遣い”がそのまま…手篤
てあついまま持って来るとは限らんってな。」
 それこそ、関係各位ならではなご意見をくださった彼なのだろうと気がついて、
「…ああ。」
 そういう例が少なくはないというのは、葉柱とて重々承知。何せ、遣わしめは遣わしめ、それなりの修養あっての存在だとか、尊き血統であるぞよとか、条件もそれなりに有るのではあろうけれど、所詮は誰ぞの意志や意を運んで来るだけの身だから。獣の化身であるのも、その単純な忠節の心を重用してのことと…主人の預けた意を勝手に脚色・利用する知恵まではなかろと踏まれてのことかも。そんな全ての遣わしめが、その本性まで尊いかどうかは怪しいもので。神の威光を笠に、自分もまた崇めよと踏ん反り返りの、やりたい放題の乱暴者だって山ほどいる。
“人の美徳、礼節やらわきまえやら慎み深さやらいう感覚を、人ではない身へ求める方が間違っているのかも知れぬがの。”
 神の側が獣じみて浅ましく、そやつらが目下に見ておるのだろう“人”の方が、清々しいのはどういうことやらと。やれやれと肩をすくめる葉柱へ、
「まま、俺としちゃあ、くどいようだがご挨拶に行きそびれてんでの伝言がしたかっただけのこと。」
 畏れ多くも神憑りなものを持ち出したとて、それへとくすくす笑えるのは所詮他人事だからという立ち位置の差異からか。
「何が寄り憑いてんだかは知らねぇが、せいぜい気をつけてやるんだな。」
「判〜かってる。」
 言われるまでもないと、ややもすれば鬱陶しげに手を払い。用件がそれだけならばこの対面もしまいだなと、
「ではな。」
 短い声を一つ残し、踵を返して歩み去ってゆく葉柱を見送って………幾刻か。


  「…これでいいのか?」


 誰へだか、独り言にしてはくっきりとした声を落とした阿含の言いようへ、
「ああ。」
 応じた存在が、彼の背後、木立の陰から身を現す。葉柱に気取られぬよう、一応は結界を張って気配を見えなくしておいた存在であり、彼の盟主で雲水という僧だ。
「俺が忠告するよか、お前が蛭魔の方へ直接言った方が良かったんじゃね?」
 どちらも、邪妖というのへ少なからぬ縁のある人間であり、初見となった一件のとき、言葉を交わし合ってもいるから“知己”と言えぬこともなく。立場を同じくする人間同士がご対面した方が意も通じやすい話だと思うのだがと、そんな意を手短に訊いてみたところ、
「いや。俺は僧侶だからの、畑が違う。」
 あの豪胆で“自分が法だ”と言い切りそうな蛭魔であれば、そんな境界もたかだか宗派違いのようなものと扱うだろう、憎み合う仲にはなり得ぬとは思うが…それが盟主の意志ならば、強く反駁しても詮無きこと。ああ・そう…と、一応は納得したような声を出した阿含だったものの、それでも忠告はしたかったらしい雲水だってのが擽ったい。一体何をしでかしたやら、破天荒の型外れとして本山からの破門とされた…という割に、義理堅くて頭もお堅い生真面目な男であり、

  “まあ、気になるのは判らんでもないしの。”

 そんな自分らと同じ属性だから、なのだろか。可愛げのない暴れ者、所謂“悪太郎”ぶりを、惜しげもなく周囲周辺へとばらまいているあの陰陽師殿ではあるが。その実、小さき者への慈愛の深さや健気なものへついつい視線がいってしまう性分であること。遠くから見ていてさえ、自分たちはよくよく知っているものだから。怖がらせつつも優しい、そんな不器用なところが他人事には見えなくてのお節介を、これまでにも結構焼いて来た彼らであり。まま、そっちからも覚えのあることだからこそ、葉柱も話だけは聞くという姿勢を取ってくれたのでもあろうけれど。
「…だがの、主よ。」
 阿含は振り向きもしないまま、いやに神妙な声を出した。

  「あの気配。
   もしかすると…通り一遍の警戒ごときでは、
   振り払えぬまでの嵩がある代物やも知れぬぞ?」

 あちらの美人な陰陽師殿が、そんじょそこいらの術師とは格が違うということは先刻承知ではあるものの、それでも人は人だ。それ以上の存在ではないので、当人の咒力にも大地の気脈から利かせる融通にも限りがある。もしやして大いなる存在さえ覇するだけの術を知っていたとしても、無理をすれば反動はその身を砕きかねずで、危ないには違いなく。そして、先程は葉柱を揶揄するために持ち出したことながら、だが、嘘偽りではなくの本当に。土地神様に準ずる力と格を、人から祀られている阿含だからこそ、気がついている“匂い”があって。
“あちらの陣営にも一応“武神様”とやらが居はするが。”
 ただし…確か彼は、あの屈託のないおちびさんを守ることにしかその意を回せない、応用が利かない奴じゃあなかったかと危ぶんで、

  “何が起きようとしてんだか、だな。”

 ただの興味本位だけなら、こうは胸騒ぎもしやしないと。自身のお人よしさ加減へも呆れつつ、ついつい目元を眇めてしまう蛇の邪妖様だったりするのである。









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 *眠気と戦いつつ書きました。(笑)
  久々の阿含さんは、書いててなかなか楽しゅうございましたvv